あせび温泉と振袖地蔵

休日は温泉でリフレッシュ

今日はお休みだったのですが、朝は6時過ぎに目が覚めて、早起きできたので何かしようと考えたら、思いつきました。あせび温泉に行って、振袖地蔵の画像を撮ってこようと。それで、9時を待ちかねて出発。まず銀行ATMに寄ってお金を下ろし、ガソリンを入れました。ハイオク仕様の車なのですが、レギュラーばかり入れています。たまにはハイオク入れないとと思い、ハイオクを奢りました。リッター150円でした。

ガゾリンも入ったので、振袖地蔵に向けて走ります。鳴門池田線を西へ、板野インターの入り口を越え、信号を右折。あすたむランドへ行く道です。何日か前に振袖地蔵のブログを書いたときに地図を記憶しました。次の信号を左折すれば右側にあるはずです。左折したのですが、行けども行けどもありません。あれ??

結局見つけることができずに信号まで引き返しました。スマホで位置を確認すると全然違う場所です。少し先の歴史文化公園に入る交差点を右折するのです。あせび温泉もここから右折すれば道沿いに行けます。記憶って曖昧だなあ。

あせび温泉やすらぎの郷

面倒なので、先にあせび温泉に向かうことにしました。到着すると駐車場はガラガラ。やっぱり平日は空いてるなーと思いながら車を止め、施設の入り口に行くと、爺さんたちがたむろしています。何でかと思ったら、あせび温泉の開店は10時から、まだ15分くらいあります。爺さんたちは開店待ちでたむろしているのでした。仕方がないので車で待機。

10時を待って爺さんたちの様子を見ます。爺さんたちが入店したのを見届けて車を降ります。開店時間に合わせてか、車がちらほら入ってきます。入り口を入ると爺さんたちと一緒になりました。仕方がないので一緒にぞろぞろとチケットを買い、フロントに渡して暖簾をくぐります。

前回来た時は日曜の午後でしたから、結構賑わっていました。今日は火曜の朝です。ガラガラとまでは言いませんが、自由な空間を思うままに楽しめます。とりあえずお湯で身体を洗ってからサウナへ。サウナの中はご近所の社交場でした。近隣の爺さんたちが大声で会議中です。大声ではなくて、地声が大きいだけです。私だけよそ者でした。

こんな時は聞き耳を立てて知らん顔です。めったに話しかけてはきませんので、話しかけてきたら当たり障りのない話をしますが、互いに干渉することはありません。聞き耳を立てて情報収集です。大概はつまらない話なんですが、時おり耳寄りな話も聴けます。今日は、この辺でホタルの保護地域みたいなのがあるという情報を耳にしました。鑑賞会?があるみたいです。とっくに時期は過ぎていますがね。

殺されたカヨ姫の碑 振袖地蔵

あせび温泉を早めに切り上げて、振袖地蔵に向かいます。あせび温泉の前の道を南に下り、歴史文化公園の入り口を過ぎてすぐの信号を右折。しばらく行くとありました。振袖地蔵です。

天正10年(1582)土佐の長曽我部元親が四国制覇を目指し、勝瑞城の十川氏と対戦した際、板西城主の赤沢信濃守も一族、郎党を率いて参戦しました。しかし、戦いに利あらず赤沢信濃守は討ち死にします。赤沢信濃守の奥方も逃げられないことを悟り、姫を逃がして自害します。姫は犬伏の諏訪神社近くにて捕縛され、殺されたそうです。後の世になって、姫のことを不憫に思った土地の人が地蔵を立ててその霊を弔ったのが振袖地蔵です。姫が殺されるとき、振袖を着ていたので振袖地蔵というのだそうです。また、姫がカヨという名だったのでカヨ地蔵ともいいます。

このあたりは遍路路なので、歩き遍路の方が歩いています。振袖地蔵にいたときも、一人のお遍路さんが通りかかり、片手で振袖地蔵を拝みながら通り過ぎていきました。私と同年代の方でしょうか、定年後歩き遍路をしているのかもしれません。羨ましいと思いながら、一人旅の老人には孤独の影が見えてしょうがありません。かくゆう私も2年後の冬には一人遍路(同行二人ですが)を歩きたいなと思っています。

岡上神社を見失う

続いて岡上神社に向かいますが、思っていたところに有ったのは諏訪神社でした。またも間違った思い込みです。カヨ姫が殺されたのがこのあたりになるんでしょうか。振袖地蔵から100mくらい西に行ったところです。この辺で気力が無くなり、岡上神社は次回へと繰り越されました。

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