バトル・オブ・大宜都比売

身一つにして面四つ

「讃岐男に阿波女」という言葉がありますが、単に男女の相性のよさを表した言葉だと思っている人が多いようです。私なんかは、外された、「讃岐女と阿波男」はどうなるのという捻くれた思いが先に浮かぶのですが、この話が出るたびに(そんなにはでませんが)これは相性を表した言葉じゃなくて、県民性を表した言葉らしいですよと、やんわり返すのですが、男女のことじゃないと興味を無くすようで、「ふうん」と鼻で笑われて話は終わります。

「讃岐男に阿波女、伊予の学者に土佐の高知は鬼ざむらい」というのが正式のようですが、私は「土佐の高知は鬼ざむらい」のところを「土佐のいごっそう」と覚えていました。ネットを調べても「鬼ざむらい」のほうがあっているみたいですね。「鬼ざむらい」も「いごっそう」も似たような表現と言えば言えなくもない言葉です。どちらにしろ高地の人には癇に障る言葉でしょうね。

「高知の鬼ざむらい」は、気性が荒くて大酒飲みというイメージなんでしょうけれども、「伊予の学者」はどうなんでしょうか?愛媛は頭のよい人が多いと解釈しているサイトもあれば、「学者=めんどくさい」としているサイトもあって、どちらかと言えばめんどくさいのイメージが正しいような気がします。

「讃岐男に阿波女」はプラスイメージで、「伊予の学者に土佐の高知は鬼ざむらい」はマイナスイメージということなんでしょうか。一連の言葉としては変ですね。

伊豫之二名嶋

ここからは若干こじつけです。

古事記より

「次に伊予之ニ名の嶋を生みたまひき、この嶋は身一つにして面(おも)四つあり、面ごとに名あり、かれ、伊予の国を愛比売(えひめ)といひ、讃岐の国を飯依比古(いひよりひこ)といひ、粟(あは)の国を大宜都比売(おほげつひめ)といひ、土左(とさ)の国を建依別(たけよりわけ)といふ」

  • 讃岐男 飯依比古
  • 阿波女 大宜都比売
  • 伊豫の学者 愛比売
  • 佐の高知は鬼ざむらい 建依別

「伊予の学者」が愛比売というのはちょっと変ですが、愛比売がめんどくさい(才気ばしった)姫であったとこじつければ成り立つような気がするのですが、どうでしょう?

飯依比古は飯(メシ)を依(依存)する男というヒモ男のイメージだったのですが、依は集まるの意だそうで、穀物がよく集まる場所という意味だとする解釈もあるようです。飯依比古は阿波の大宜都比売のヒモ男だったのではと今でも内心思っています。

建依別は傭兵のイメージがあります。別が名につく神様は多いようですが、別(ワケ)は何処からか持ち込まれた(分けてもらった)という意味だと思うのです。建は武力とか軍とかの意でしょうから、つまり傭兵です。

伊豫之二名嶋の物語は、豫の国の愛比売は才気ばしった鼻持ちならない姫で、建依別という武力をもって圧力を増してきます。伊の国の大宜都比売は飯依比古というヒモ男をもてあましながらも、豫の国の圧力に対抗していくという物語なのです。(ほぼ創作)

→大宜都比売いわく「讃岐男に阿波女、伊予の学者に土佐の高知は鬼ざむらい」

最後に

司馬遼太郎先生はかの「竜馬がいく」の中で「讃岐男に阿波女、伊予の学者に土佐の高知は鬼ざむらい」を取り上げ、「阿波女には一種の性的魅力がある」としています。

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