淡路島の伊弉諾神宮に参拝2

イザナギは淡路出身か

淡路島がイザナギの終焉の地、幽宮(かくりのみや)であるとすれば、イザナギは淡路の人だったのかもしれませんね。昔も今も、余生は故郷で過ごしたいと思うのは同じのような気がします。

現在は伊弉諾神宮にイザナギの妻神であるイザナミも祭られていますが、名東県時代はイザナミをイザナギと共に祭ることは拒否されていました。

イザナミは徳島県の美馬市にある伊射奈美神社に祭られております。黄泉の国での争いにもあるように、なんらかの闘争があり、お二人は袂を分かったのではないかと思われます。

喧嘩別れした夫婦を同じ墓に入れるというのは違和感がありますね。とにかく、阿波の古代史は闇が深く、国の意思によって隠蔽されている感が否めません。

参道を進みます。

社紋は菊花紋

参道を歩くと両サイドには石の灯篭が並んでいます。灯篭の一つ一つには金の菊紋があしらわれています。伊弉諾神宮の社紋は菊紋のようです。

菊紋は皇室の紋章であると思われがちですが、菊紋はかなりな数の種類があって、皇室の紋章は「十六八重表菊」といって、画像と同じ16の花弁をもつ丸い菊が2重になった(つまり八重咲き)ような紋章です。灯篭の紋は「十六菊菱」というものです。

シュメール文明との関連

シュメール(シュメル)文明でも菊紋が使用されていて、シュメールと日本人との関係が取りざたされています。たしかにそっくりなんですね。天皇のことをスメラミコトといいますが、シュメールがスメラに変換されたと関連づけている書もあります。日本人がシュメール人の末裔であるか、または、シュメール文明を築いたのが縄文人であったのかは未知な物語ですが、魅惑的ではあります。個人の希望に寄せていくのが古代史の醍醐味かもしれません。

2つ目の鳥居の奥には、地元有志の方々の露天が開かれていました。お祭りなんですね。

鳥居をくぐり進むと池があり、橋が架かっています。正面は神門です。

橋の上から。よく整備されているようです。放生(ほうじょう)の神池。

橋を渡ると左手には手水舎があります。赤いのは旅行かばん。木の陰に女性がいます。

神門をくぐります。こちらの社紋は「十六菊」。菱型ではなく丸い社紋になっています。

つづく

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