大毛島の瓶浦神社に参拝

亀浦魚港といえば

鳴門公園への上り口にある亀浦漁港といえば、現在は釣のスポットとして有名な所のようです。私も子どもの頃はこの辺に釣に来ました。といっても自宅から自転車の距離ではなかったので、親と一緒だったと思います。このあたりで素潜りして、魚を突いたりした記憶もありのですが、半世紀前のことなのではっきりはしません。

車窓より漁協の建物を撮影。建物の向こう側に蛭子神社があるそうです。

亀浦漁港といえば、神戸中突堤までの水中翼船が出航していました。小学生のとき、一人で神戸まで行ったことがある(送り迎えつきです)のですが、たぶんここから乗ったのではないかと思います。もともと記憶が鮮明ではない人なので、何もかもが曖昧です。過去のことをしっかり記憶している人が羨ましいです。

亀浦という名前ですが、亀と浦とくれば「浦島太郎」を思い浮かべます。ウラシマはSFチックな物語で、いかようにも解釈できそうな物語ですが、このあたりにウラシマ伝説があるとは聞いたことがありません。先人の方のブログには触れている部分もあるので、私が知らないだけなのかも知れません。

お隣の香川県にはウラシマ伝説があるそうです。また、丹後の国にもあるそうなので、これはもしかして、粟の国の物語が持ち込まれた可能性があるかもと思ったりします。香川県は同じ「伊の国」の文化圏ですし、丹後の国は粟の国の人が入植して発展したと考えているからです。もちろん、間違いなく粟の国の文化も持ち込まれているでしょう。

そんな亀浦漁港の近くにある瓶浦神社に行けば、何かあるのではないかと期待して参拝してきました。日差しの強い日中に行ったからでしょうか、誰もいない境内は思ってより広くて、日陰もなく、少しの時間の滞在で帰ってきてしまいました。

瓶浦神社

参道入り口の鳥居。コンクリートむき出しのつくり。

後ろ上に見えるのは高速道路です。

薄くて読めませんね。瓶浦神社と書いてあります。

参道を進むと左に由緒書きがあります。

瓶浦神社
鳴門市鳴門町土佐泊浦福池
本社は大海竜王神を奉斎し、おかめ様と呼ばれる
奈良時代薩摩より素焼の大瓶を朝廷に献上する船が
鳴門を通過する時、風雨に遭って転覆。
今から約千二百余年前、霊亀年間(715-6)海中にあるを発見、
引き上げた瓶を、御神体として、祀り、海上安全・豊漁・雨乞いの祈願に
霊験とくにあらたかで、広くこの地方住民の崇敬を集めている。
昭和56年10月吉日

霊亀年間(715-6)とありますので、かなり由緒はありそうです。瓶=亀とは??です。

左右の狛犬。古いものではないようです。

参道奥、右側にあった手水鉢。

阿波の青石でしょうか。光の加減で緑には見えませんが、緑だったと記憶しています。

奥に進むと左に手水舎。コンクリート製です。

逆卍の紋章ですね。逆卍はハーケンクロイツのイメージが強いですが、神社で見るとそのイメージはありません。卍は十字架が回転したものだそうです。

拝殿前に何故か右側にだけいる狛犬。

左側のはどうしたの?と聞きたいところですが、だれもいませんし、年代物のようですから何かいわくがあるのかもしれません。単に破損して無くなったのかもしれません。タイトル画像がお顔のアップになります。なかなか親しみやすいお顔です。

拝殿もコンクリート製。

神殿は木造のイメージがありますが、瓶浦神社はすべてがコンクリート製です。費用の問題か、建築された時代がそうさせたのかは不明ですが。珍しいのか、良くあるのかさえも判断できません。

拝殿の中です。

漁師の方々の寄進で成り立っているようで、壁天井に家紋がびっしり。

拝殿を右回り。本殿を見せていただきます。

こじんまりとしたカワイイ本殿です。もちろんコンクリート製。

古くも無く、新しくもなさそうなコンクリート製の建物ですが、しっかりした建物なので、建物内はキレイな感じです。

あとがき

ウラシマ伝説となにか関係ありそうな瓶浦神社です。関係あるとイイナと思いますね。それから卍及び逆卍も調べてみたいと思います。

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