天石門別八倉比売神社とは1

八倉比売命神社

大麻比古神社は何度も訪れたことのある神社で、予備知識も多少なりともあるのですが、他の神社はこれまで縁もなく、全く知識がありません。次にどこの神社に参拝しようかと考えてみたら、候補がいくつかありました。

とりあえず、延喜式内社で選考してみますと、延喜式神名帳には大社3座3社・小社47座の計50座が記載されています。その3社が以下です。

  • 大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)
  • 忌部神社(いんべじんじゃ)
  • 天石門別八倉比売神社(あめのいわとわけやくらひめじんじゃ)

忌部神社か天石門別八倉比売神社というところですが、距離的にいうと天石門別八倉比売神社になりそうです。天石門別八倉比売神社は論社として3社ありますが、徳島市国府町の八倉比売神社に向かうことにしました。論社というのは「似たような名の神社が二つ以上あって、どれが『延喜式』に記されている神社か決定し難いものをいう。」だそうです。以下が論社3社です。

  • 八倉比売神社 徳島市国府町矢野
  • 上一宮大粟神社 名西郡神山町神領
  • 一宮神社 徳島市一宮町西丁

論社:似たような名の神社が二つ以上あって、どれが『延喜式』に記されている神社か決定し難いものをいう。

八倉比売神社は最初、気延山の頂上に鎮座していましたが、推古天皇元年(593年)に現在の地に移したそうです。

八倉比売命は天照大神と同一神と思われます。なぜなら、社伝には天照大神の葬儀の様子が記載されているそうなのです。また、社殿の裏には五角形の盤座があり、一説には卑弥呼の墓であるとされています。八倉比売命=天照大神=卑弥呼と考えてもいいと素人は思うのですが、どうなんでしょうね。

阿波史跡公園

八倉比売神社は阿波史跡公園の中にあるそうです。以下碑文。

この地は二百基の古墳群 国富遺跡 国分寺遺跡があり、三角縁神獣鏡や銅鐸など古代の遺物が多数出土し、由緒ふかき神社仏閣も多く、また藍豪商人や名匠人形師を輩出した歴史とロマンの里である。

文化の香り高きこの地に、一大歴史公園を建設すべく東西矢野住民は心を一つにして運動すること十五年、徳島市並びに徳島市議会の理解と営団によって、ついに徳島市制百周年記念事業として阿波史跡公園を建設するに至った。

ここに公園第一期工事および展望台兼用上水道施設の竣功を祝し、この公園がいつまでも広く市民に愛されると共に、更に充実発展することを祈念し、全会員の名を刻してこの碑を建立する。

一九九四年三月二十七日 矢野文化財保勝会

阿波史跡公園は駐車場も完備されているようなので、ここを目標に行ってみようと思います。

疲れてきたので、本日はここまで。尻切れトンボか。

未完。。

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