黄泉の国 カグツチの処刑

黄土色

黄土色は色の名称です。代表的な地球の土の色で、アースカラーなんて呼ばれてもいます。だから、黄泉の国の「黄」は土の色であるわけです。

愛しい妻のイザナミを亡くしたイザナギは、妻恋しくてこう言います。

美しき我が汝妹(なにも)の命を、子の一木(ひとつき)に易へつるかも

一木というのは、一匹のことらしいです。カグツチを侮蔑して呼んでいるのだと思います。易は取り替えるの意味です。結局、腹立ち紛れにカグツチを十拳の剣で殺してしまいます。

イザナギは妻恋しくて、黄泉の国へ行くわけですが、この黄泉の国は墳墓のことだと思うのです。

イザナギはイザナミの墓を発いたのです。

当然、イザナミは腐乱しており、その醜悪さに百年の恋も冷めたのでしょう。もちろん、永遠の眠りを妨げられたイザナミは、自らの醜い姿も見られて激怒します。

ここから二人は180度転回して諍いを始めます。

墓を発いたのは現実であっても、イザナミが激怒したのはファンタジーです。実際はイザナミの墓が発かれたので、イザナミ側の人間が激怒して争いになったのでしょう。

実際にあった出来事として推測すると、イザナミ側の身内であったカグヅチが内乱を起こすのですが失敗し、イザナギによって粛清されます。その時イザナミが命を落とすというわけです。イメージ的にはイザナミの反乱ではなく、イザナミの意思とは別のところで起こった反乱のように思います。カグツチは捕縛され処刑されます。

泣沢女神(なきさわめのかみ)

イザナミの遺体のそばで、イザナギは突っ伏して泣くわけですが、この時、イザナギの涙から生まれた神が泣沢女神(なきさわめのかみ)です。

泣き女というのがあります。葬儀などの時に、報酬をもらって泣くという行為をします。涙は使者への贈り物のようです。韓国の泣き女が有名ですが、中国にもあり、古代では日本の各地にも存在したそうです。

葬儀の時に、遺族(家族や親族)の代わりに故人を悼み、「悲しい」「辛い」「寂しい」などを表現するために大々的に、所によっては独特の節をつけて、一斉にあるいは延々と泣きじゃくることを以って生業(または副業)としたのが泣き女である。涙は死者への馳走であるとされ、一説には、悪霊ばらいや魂呼ばいとしての性格も併せ持つとされる。

泣き女 Wikipedia 2018年11月14日6時40分

泣き女はシャーマンの性格があるようです。

イザナミの死の場面で、ナキサワメが登場するのは、多分に泣き女の性格が感じられます。古代より泣き女の風習があったというわけです。

日本においては、神話の中でも、妻のイザナミを亡くしたイザナギの涙から泣沢女神(なきさわめのかみ)という女神が化成している。これは水神とされているが、神名より古代から泣き女の習慣があったものと推測される。『魏志倭人伝』には死者が出ると、肉を食べず、喪主は哭泣するが、他の人は歌舞飲酒を行った(當時不食肉、喪主哭泣、他人就歌舞飲酒)とある。『古事記』でも天若日子の葬儀で雉を哭女に任じるという話が登場する。朝廷の殯宮儀礼でも、哭女が呪術を唱えながら泣くというものがあった。『日本書紀』に登場する飽田女(あくため)の母は哭女を生業としていたようである。

泣き女 Wikipedia 2018年11月14日6時43分

泣き女については東洋独自の風習というわけではなく、古代エジプトやヨーロッパにも類する風習が見られるようです。掘り下げてみるのも面白いかもしれません。いずれまた。

ナキサワメは「香山の畝尾の木のもとにます」と書かれています。香山というのは香具山のことのようです。

畝尾は、畝尾都多本神社という神社が奈良県の橿原市、香具山の麓に鎮座されているようです。ナキサワメをお祭りしているので、ナキサワメがこの世に成り出たのはこの地なんでしょうか?

ただ、香具山には次の物語があります。

太古の時代には多武峰から続く山裾の部分にあたり、その後の浸食作用で失われなかった残り部分といわれている。山というよりは小高い丘の印象であるが、古代から「天」という尊称が付くほど三山のうち最も神聖視された。天から山が2つに分かれて落ち、1つが伊予国(愛媛県)「天山(あめやま)」となり1つが大和国「天加具山」になったと『伊予国風土記』逸文に記されている。また『阿波国風土記』逸文では「アマノモト(またはアマノリト)山」という大きな山が阿波国(徳島県)に落ち、それが砕けて大和に降りつき天香具山と呼ばれたと記されている、とされる。

香具山 Wikipedia 2018年11月14日6時43分

つまり、奈良の香具山は阿波の地より別けられたということなのです。阿波国風土記ではね。

畝尾の木という木があるのか、単に畝尾の地にある木なのか、または、うねった尾根にある木なのかわかりません。参考書籍(角川ソフィアのみ)では、うねった小高い土地の木、または、奈良県橿原市木之本町の地名としています。

なんにしろ、当ブログは阿波風土記を押しますので、イザナミ、イザナギの物語が展開されたのは、阿波の地で間違いないと思います。ですから、ナキサワメも阿波の姫であるとします。

アマノモト(またはアマノリト)山が古事記にある香山であり、そこで生まれたナキサワメが奈良の地に降り立ち、その地にあった山が香具山となったのでしょう。

アマノモト山(天の元山)。天の香具山の元山というわけです。

畝尾都多本神社 かしはら探訪ナビ

イザナミの墓

さて、亡くなったイザナミの遺骸が埋められた場所ですが、古事記にはこう記載されています。

出雲の国と伯岐の国との堺なる比婆の山に葬めまつりき。

出雲の国は島根県の出雲地方と考えがちですが、イザナミが亡くなった時代は、阿波(伊)の国で神生みをしている時代です。現在の出雲地方はスサノオが戦いに敗れて入植した地と考えられます。出雲の国名もその時に持ち出したものでしょう。

この時代の出雲の国は伊予の二名の島のどこかにあると考えられます。

出雲の語源ですが、太陽神を祭る天神族ですから、その敵は雲です。雲が出て太陽を隠すことは敵対行為であるわけです。だから、敵対する者のいる地域はすべて出雲と呼ばれたというわけです。

「いづも」という音で考えてみると、「いづ」と「つも」に分かれます。「出づ」と「積も」とすれば、出でて積もるものを考えればいいわけです。これは河口の中洲、三角州があてはまります。

「伊つ面」というのも考えられます。伊の面ですね。当ブログは面というのは港町的な意味だとしています。だとすれば、伊の国の港、転じて海に面した居住地域を出雲と呼んだのではないでしょうか。つまり、海人族の村です。

だとすれば、海人族の王であるスサノオが入植した土地が出雲になっているのは納得できます。

次に伯岐(ははき)の国ですが、これは「妣國」(ははのくに)が思い浮かびます。「妣國」は根の国であり、黄泉の国です。「岐」は分かれ道の意がありますから、伯岐の国は黄泉の国または、黄泉の国と出雲の間にある国ではないでしょうか。

藤原宮跡から出土した戊戌年(文武天皇2年・698年)6月の年月が記された木簡に、「波伯吉国」とある。7世紀代の古い表記を多く残す『古事記』では、これと別の伯伎国という表記が見える。平安時代編纂だがやはり古い表記を残す『先代旧事本紀』には、波伯国造が見える。 伯耆国風土記によると手摩乳、足摩乳の娘の稲田姫を八岐大蛇が喰らおうとしたため、山へ逃げ込んだ。その時母が遅れてきたので姫が「母来ませ母来ませ」言ったことから母来(ははき)の国と名付けられ、後に伯耆国となったという

伯耆(ほうき)国 Wikipedia 2018年11月20日17時00分

比婆の山というのはどこなんでしょうか?式内社であるイザナミ神社は美馬市穴吹町に鎮座しています。後に出てきますが、橘の小門は現在の橘湾辺りでしょう。直線で結ぶと、間にある大きな山は高越山と中津峰山です。

中津峰山も怪しいですが、現在も海の守護神として祭られているようですから、中津峰山は海人族(出雲族)のテリトリーと考えられます。それでは高越山かというと、出雲の国の境がこのあたりまであるとは思えません。もう少し小さい山の可能性があるのかも。

いろいろ書きましたが、多くは郷土史家の方々が既に書かれていることです。念のため。

カグツチの死

生まれてくるとき、その炎で母であるイザナミの女陰を焼き、死に至らしめることとなったカグツチですが、その行為や落ち度ではなく、存在が原因であるというところに、複雑な意味が感じられます。カグツチに罪はなかったのではないかとさえ思えます。

イザナギの怒りはすさまじく、カグツチはイザナギによって首を刎ねられます。この時使われたのが十拳の剣(とつかのつるぎ)です。十束剣ともいいます。

イザナギは怒りに任せてカグツチの首を刎ねます。この行為によって、多くの神さまが生まれます。カグツチの処刑を内乱の果てと考えると、多くの神さまが生まれたということは何を意味するのでしょうか。もうひとつ、生まれ方にも何か意味があるのでしょうか?

  • 剣の先についた血が湯津石村に飛んで生まれた神
  • 剣の元についた血が湯津石村に飛んで生まれた神
  • 剣の手上(柄)に集まり、指の間ににじむ血から生まれた神
  • 殺されたカグツチの遺体(各所あります)より生まれた神

上記の別け方はちょっと偏っているかもしれませんが、大きく別けると、剣に付いた血より生まれた神さまと、カグツチの遺体より生まれた神さまということになります。

湯津石村

湯津石村についてはよく分かりませんが、勝手な解釈をすると、「湯」は湯水のごとくといいますので、多数あるみたいな意味。「津」は接続詞、「石」は石か岩。「村」は群れ。ということで、湧き出したように岩が連なる場所みたいな感じでしょうか。

岩山のような場所で、カグツチが処刑されたのかもしれません。

次からは生まれた神さまについて調べてみたいと思います。

剣の先についた血が湯津石村に飛んで生まれた神

石柝(いはさく)の神

岩をも切り裂く神ということで、刀剣の神とされているようです。「柝」というのは拍子木または拍子木の音のことです。「析」であれば砕くというような意味がありますが、「柝」が使われていることで、何か意味でもあるのでしょうか。他には雷神という説もあるようです。

根柝(ねさく)の神

上記の続きだと、こちらは根を切り裂くということになるのでしょうか。現代ならショベルカーみたいな重機のイメージですが、古代は人力または動物力(?)でしょうから、鍬とかの開墾のための道具かも知れません。鍬だと根を砕くというイメージはないですね。

石筒(いはつつ)の男(お)の神

古事記では石柝・根柝の次に生まれたと表記されているのみですが、日本書紀では違うようです。

『古事記』の神産みの段でイザナギが十拳剣で、妻のイザナミの死因となった火神カグツチの首を斬ったとき、その剣の先についた血が岩について化生した神で、その前に石析神・根析神(磐裂神・根裂神)が化生している。『日本書紀』同段の第六の一書も同様で、ここでは磐筒男神は経津主神の祖であると記されている。『日本書紀』同段の第七の一書では、磐裂神・根裂神の子として磐筒男神・磐筒女神が生まれたとし、この両神の子が経津主神であるとしている。

イワツツノオ Wikipedia 2018年11月28日6時43分

剣の元についた血が湯津石村に飛んで生まれた神

甕速日(みかはやひ)の神

「甕」は瓶の意味で、土器、陶器などを指すようです。土器の神さまでしょうか。

樋速日(ひはやひ)の神

樋」はとい(雨どいなどのとい)の意味です。用水路か何かの神さまなのでしょうか。ミカハヤヒと共に農耕関係の神さまと言えそうです。

建御雷(たけみかづち)の男の神、またの名を建布都(たけふつ)の神、またの名を豊布都(とよふつ)の神

タケミカヅチは有名な神様で、この後も何度も古事記に登場します。

タケミカヅチ(タケミカヅチノオ)は、日本神話に登場する神。雷神、かつ剣の神とされる。相撲の元祖ともされる神である。

『古事記』では「建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)」や「建御雷神(たけみかづちのかみ)」、『日本書紀』では「武甕槌」や「武甕雷男神」などと表記される。単に「建雷命」と書かれることもある。『古事記』では「建布都神(たけふつのかみ)」や「豊布都神(とよふつのかみ)」とも記される。

また、鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の主神として祀られていることから鹿島神(かしまのかみ)とも呼ばれる。鯰絵では、要石に住まう日本に地震を引き起こす大鯰を御するはずの存在として多くの例で描かれている。

タケミカヅチ Wikipedia 2018年11月28日16時53分

タケミカヅチもそうですが、十束剣とカグツチの血から生まれた神さまは刀剣や戦いの神さまであることが通常のように思われます。とすればミカハヤヒやヒハヤヒが農耕関係の神であるのは少し変な感じがします。ネサクもどちらかと言えば農耕寄りですけど。

剣の手上(柄)に集まり、指の間ににじむ血から生まれた神

闇淤加美(くらおかみ)の神

「闇」は谷の意。「淤」はどろ、水の底に溜まった泥、ふさがる、詰まる、転じて洲とか中洲の意があります。谷の堰みたいな意味でしょうか?水の神で竜神というのが定説のようです。

闇御津羽(くらみつは)の神

文字からは想像できないですね。

神名の意味で「闇」は谷間を、ミツハは罔象女神(日本書紀での名)の罔象と同意味の水の神。

闇罔象神は峡谷の出始めの水を司る神である

クラミツハ Wikipedia 2018年12月3日15時17分

殺されたカグツチの遺体より生まれた神

正鹿山津見(まさかやまつみ)の神

カグツチの頭より成りませる神。「正鹿(まさか)」というのは真坂のことでしょう。鹿は人が上れないような坂を駆けていきます。「山津見(やまつみ)の神」は山の神を表します。鹿は人が上れないような険しい坂を駆けていきます。険しい山の神ということでしょうか。

淤縢山津見(おどやまつみ)の神

カグツチの胸より成りませる神。「淤」は泥の意。「縢」はかがるという意。かがるは裁縫の「かがり縫い」などのかがるです。泥のようにかがるというイメージですが、連なる山を連想してしまいます。山の連峰の神。

奥山津見(おくやまつみ)の神

カグツチの腹より成りませる神。これは字のごとく、深山の神でしょう。

闇山津見(くらやまつみ)の神

カグツチの陰(ほと)より成りませる神。闇だから、深夜の山の神なんでしょうけど、「陰(ほと)」というのは、女性器の外陰部のことを指しますが、カグツチは男神なので、男性の陰部のことだと思います。

ほとは古い日本語で女性器の外陰部を意味する単語。御陰、陰所、女陰の字を宛てることが多い。

現在ではほぼ死語になっているが、転じて女性器の外陰部のような形状、形質(湿地帯など)、陰になる場所の地形をさすための地名として残っている。

ほと Wikipedia 2018年12月8日18時9分

ウィキペディアの解説を読んでみると、深夜の山の神ではなくて、昼なお暗い、山の谷間の神のイメージが湧きます。山陰の山の神といったところでしょうか。

志藝山津見(しぎやまつみ)の神

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